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最終更新日 2012年01月25日 


 2008年(平成20年度)センター試験古文

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◆ 2008年(平成20年度)センター試験古文
 2008年に行われたセンター試験で出題された古文の本文、現代語訳、品詞分解を掲載いたします。

2008年 古文 本文

 福島角左衛門は、生国、播州姫路の者なり。久しく宮仕へもせずして居たりしが、そのころ、太閤秀吉の内、福島左衛門大夫とは少し旧交あるゆゑに、これを頼み、しかるべき取り立てにもあひ、奉公せばやと思ひ、故郷を出でて都におもむく。明石、兵庫の浦を過ぎて尼が崎に出で、やうやう津の国高槻のほとりに至りぬれば、しきりに喉かわきぬ。路のかたはらを見るに、小さき人家あり。その家、ただ女房一人あり。その容貌の美しさ、またかかる辺鄙にはあるべきとも思はれず。窓のあかりに向かうて足袋を縫ふ。角左衛門立ち寄りて、湯水を請ふ。女房、「やすきほどのことなり」と、隣の家に走り行きて、茶をもらうて、与へぬ。
 角左衛門、しばし立ちやすらひ、その家の中を見めぐらすに、厨、かまどの類もなし。角左衛門、あやしみて、「いかに、火を焚くことは、し給はずや」と問ふ。女房、「家貧しくて身衰へて、飯を炊ぎてみづから養ふことかなはず。あたり近き人家に雇はれてその日を送る、まことにかなしき世渡りにて侍る」と、語るうちにも足袋を縫ふ。そのけしき、はなはだ忙はしく、いとまなき体と見ゆ。角左衛門、その貧困辛苦の体を見て、かぎりなくあはれにおぼえ、また、その容貌の優にやさしきに見とれて、やや傍に寄り、手を取りて、「かかる艶なる身をもちて、この辺鄙に貧しく送り給ふこそ遺恨なれ。我に従ひて、都にのぼり給へかし。よきにはからひ奉らん」と、少しその心を挑みける。女房、けしからず振り放ちて、いらへもせず。ややありて、「我には、定まれる夫侍り。名を藤内とて、布を商ふ人なり。交易のために他国に出づ。わが身はここにとどまりて、家を守り、つつしんで舅姑に孝行を尽くし、みづから女の職事をつとめて、貧しき中にも、いかにもして朝暮の養ひをいたし、飢寒に及ばざらんことをはかる。今すでに十年に及べり。幸ひ、明日、わが夫帰り来る。はや、とく、立ち去り給へ」と言へば、角左衛門、大きにその貞烈を感じ、悔い愧じて、僕に持たせたる破籠やうのものを開き、餅、果物取り出だし、女房に与へ、去りぬ。
 その夜は山崎に宿しけるが、あくる朝、かの女房のところに、所用のこと書きたる文とり落としけるゆゑ、跡へ戻りけるところに、道にて葬礼にあへり。「いかなる人にや」と尋ぬれば、「布商人藤内を送る」と言ふ。角左衛門、大いに驚きあやしみて、その葬礼に従ひて、墓所に至れば、すなはち昨日女房にあひしところなり。今見れば、家もなく跡も失せて、ただ草蕭々たる野原なり。その地を掘り葬るところを見れば、藤内が女房の棺あり。棺の中に、あたらしき足袋一双、餅、果物ありのまま見ゆ。また、そのかたはらに古き塚二つあり。これを問へば、すなはち「その舅姑の塚なり」と。その年数を問へば、「十年に及ぶ」と言ふ。角左衛門、感激にたへず、送りし者に右のあらまし語り、鳥目など配り与へて、とおに葬送の儀式を資け、かつ跡の弔ひのことまでねんごろにはからひて、そののち都へのぼりける。
 ああ、この女房、死すといへども婦道を忘れず、舅姑に孝行を尽くして夫を待つ。いはんや、その行ける時は知りぬべし。

2008年 古文 現代語訳

※機械翻訳に若干の手を加えた物です。
 準備中。  

2008年 古文 品詞分解

※機械翻訳に若干の手を加えた物です。
 準備中。


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